介護の道をひた走る村瀬孝司

村瀬孝司は現在23歳、都内のある有料老人ホームにて介護士の仕事をしています。介護の仕事は体力勝負であるだけでなく、朝早くからの勤務や夜勤もあります。毎日入居者の方と向き合いながら、額に汗して働いています。

東京で村瀬孝司は介護の仕事をしているのですが、多くの方が知るようにこの仕事はとても大変なものです。まずは要介護者に対して介護士の数が圧倒的に足りない、という人手不足が問題となっています。介護士の数が足りているのならば、一人ひとりに対してしっかりとしたケアが出来るのですが、実情はそうではありません。単純に数が足りているところもあるのですが、実際彼の勤務する施設でも深刻な人手不足となっています。
そして勤務体制上どうしても夜勤などがあり、の不規則な生活になる為体力も必要となってきます。

ニュースなどでも度々取り上げられていますが、日本では介護の職場はまさに戦争だとも言われているのです。ですから、人々からは避けられがちな仕事でもあるのですが、特に周りから期待されているわけでもない中で、村瀬孝司はどうしてこの仕事を選んだのでしょうか。

彼には、とても大切にしている祖母がいました。幼い頃から家は別で離れて生活をしていたものの、いつもいつも自分のことを心配してくれ、まるで親のように愛情を注いでくれたといいます。ですが、そんな祖母は残念なことに病気になってしまい、身体の自由がきかなくなった為介護施設に入ることになりました。施設に入居したことも手伝い、動くこともあまりなくなってしまった彼の祖母は認知症も発症してしまい、半年もしない間に彼のことが分からなくなってしまいました。そのことをとても悲しく思った村瀬孝司は、自分みたいな悲しい思いをする人を一人でも減らしたいと思い、介護の仕事に就くことにしたのです。

ですから労働時間が長い、そして休みがあまりないという状況にあったとしても、彼は一切弱音を吐くことはありません。また、辛そうな姿を見せることもありません。ただ、自分と同じ気持ちの人を出さないために、全力で介護に当たっているだけだと言います。その甲斐があって、施設の中で彼は表彰を受けました。

ただ、村瀬孝司自身はこの表彰に対しては特に意味はないと言っています。自分がしたいと思ってしたことに対して、単に結果がついてきただけと語っているわけです。そして、その気持ちは今後も変わることはなく一心に介護を続けて行くことでしょう。

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